アラフィフ生活

アラフィフ生活

東京では10代の頃からずっと飲食店で働いてきた

いろいろなお店で働かせていただき、20代のほとんどを赤坂でバーテンダーとして働いた。
お客様は自分よりはるか年上の肩書きのあるお仕事をされている方々が通うような、オーセンティックなバーだった。
目上の方々と同じ目線で会話をしなくてはならないということに、とても苦労をしたことをよく覚えている。
舐められないよう知識をいれておくことや、相手を気持ちよく喋らせるテクニックを磨こうと試行錯誤したり、毎日同業仲間と飲み歩いたり、、飲み歩いたり、、
夜から明け方までの仕事だった為、昼夜逆転生活、朝の5時から飲み始めてランチの時間に解散するという、、今から考えると恐ろしい生活だった!

バーテンダーという仕事は、お酒を扱うので、どうしても他人からのストレスを受け止めてしまうことが多い。
この年まで続けている、その当時の仲間はほとんどいなくなった。
中には若くして亡くなった方もいる。
それだけ身体には優しくない仕事なのだ。
でもこの時代に経験したことは、今の自分にとってとても大きなものとして残っている。

仕事を通して様々な職種の方々にお会いすることが出来たということは、何よりも自分の財産。
時には相談させていただいたり、自分の知らない世界を見せていただいたり、、
普通の生活をしていたらゼッタイに出会うことの出来ない人と、カウンター越しでディープな話ができる面白い仕事だった!!

そして30代になり結婚をして、彼が経営しているイタリアンレストランを手伝うことになった。
カウンターのみの小さなお店でお客様との距離も近い自分にとって働きやすい良い環境だった。

初めの頃はまだオープンしたてということもあって、なかなか厳しい経営状態だったが、1年2年もたてばお客様も増え、順調に売上を伸ばしていく。
その頃から、スキルを上げるために毎年イタリアに行くようになった。
国内旅行も含めいろんなところへ行ったのはいい思い出。
一応勉強のため!笑
まだGoogleマップもない時代、、地球の歩き方を握りしめて!!

まさに珍道中。

ワイン畑で遭難したり。
財布をスられたり。
やさしい人たちに出逢ったり、、
そんな楽しい時代もあった。

そしてコロナ、、

いろいろな環境の変化があり44歳にして離婚の決断。
この歳で世に放たれたアラフォー!笑

気づいたら自分には何もない。

手に職も無い資格も無い。
お金も地位もお店もすべて無くなった。
そして借家だったので家も無い。

44歳にして無職ホームレスの出来上がり!!

初めてのホテル生活(この頃はコロナ禍でホテルがめちゃ安!!)
東京で再就職も視野に、この限られたお金で自分が行きたいところに一人旅(傷心旅行!笑)しようと思いたったのだ。

そして自分が選んだのは、、

『屋久島』

離婚する前に、屋久島に2度ほど一人旅で訪れた場所。
またあの景色を見たい!!
そんな軽い気持ちで訪れた屋久島、、

まさか移住をするなんてこの時はまだ考えもしなかった、、、
続く

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